
私たちが持つ,五本指の手。この形がどのようにして作られているか知っているだろうか。丸い粘土のようなものから指が伸びてできるのかと思いきや,実はそうではない。うちわのような扇形のものができてから,指の間にあたる部分の細胞だけが死ぬことで作られている。生物には,そのような「積極的な細胞死」を起こすしくみが存在するのだ。
指の間にあたる部分の細胞が死ぬしくみは,「アポトーシス」(プログラムされた細胞死)と呼ばれている。現在でも未解明の部分が多く残るこの現象だが,外部から分子を投与することで,人為的に細胞死を誘導できる「分子と細胞の組み合わせ」もいくつか見つかっている。長原先生は,「FTY720」という分子(冬虫夏草の一種の菌が生産する物質)が,人間の免疫細胞に起こす反応について研究している。この研究に取り組み「いつか自分の研究で病気に悩む多くの人を救いたい」と語る長原先生,実はアポトーシス研究に足を踏み出したきっかけは偶然によるものだった。
小さい頃から植物を育てることが好きだった長原先生は,最初は植物の研究に興味があった。しかし,残念ながら第一希望の研究室には入れなかった。そこで,友人が興味を持っている研究室へ付き沿って行ったところ,アポトーシスの研究に出会ったのだ。細胞の外から与えた分子によって,細胞内で連鎖反応が起こり,核が凝集,断片化され,細胞が小さな袋に分断されて死に至る。このダイナミックな生命現象がたったひとつの分子によって引き起こされる,その不思議さに魅せられた。
偶然の出会いによって選んだ研究室では,さらなる偶然が待っていた。大学ではなく,国立成育医療センターで指導を受けることになったのだ。テーマは,「免疫抑制剤」。免疫細胞の細胞死を誘導し,薬として活用する研究だった。長原さんはそこで,ひとつの免疫抑制剤が,ガンやその他の病気に悩む多くの人を救う現場を目の当たりにした。これまで研究対象としてしか見ていなかった実験用の細胞が,何万人という患者を救う可能性を秘めているのだと感じられるようになった。自分の研究で病気に悩む人を助けたい。いつしか,そう夢見るようになったのだ。
孤高の研究者スタイルよりも,チームで協力して進めるスタイルが合っていると考えて,学生や教授とチームを組める大学教員の道へ進んだ。講師ながらも自分の研究室を持ち,自分だけでなく学生の研究テーマを決めたり,実験指導をしたりと,当初は慣れない研究室運営にとまどうことも多かった。しかし,年齢が近い分,学生の立場で考えて,行動することができた。全員で学外の英語能力テストを受けたとき,もし長原先生に勝てたら課題を減らしてあげたり,ご馳走してあげたりとゲーム感覚を加えたことだ。学生がただ従うだけでなく,楽しめる雰囲気をつくることで,徐々にチームとして回り始めたという。「長原先生の研究室だから」と研究室へ入って来る学生も増え,いつしか同じ夢を見てくれる学生も出てきた。「昔の自分が先生に出会って夢を見たように,彼らも何かを得てくれたら嬉しい」と長原先生。同じ目標に向かって走り出した東京電機大学長原研究室の,いのちを救う夢(ドラマ)は,始まったばかりだ!
FTY720は,免疫をつかさどる細胞のアポトーシスを誘導する働きを持つ。そのため,臓器移植などの際に免疫の働きを抑え,拒絶反応を抑える免疫抑制薬として期待されているのだ。この物質は,免疫細胞のひとつであるT細胞に特に高い効果を発揮するため,B細胞など他の免疫細胞への影響が少なく,副作用が小さいという特徴がある。今はまだ,どのようなしくみでT細胞に細胞死を起こすか,明らかになっていない。
長原先生は,そのしくみを解明することで,薬としての信頼性が高まり,より広く使われることを目指している。
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