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みずみずしく弾力があるこんにゃく。なんと,その90%以上が「水」で構成されています。
これだけ多くの水を含んでいるのにもかかわらず,こんにゃくが固体でいられる理由は,内部構造にありました。残りの10%に含まれる糖分子は,
お互いに引っぱり合って網目のような構造をつくります。その中に水が閉じ込められるため,こんにゃくは固体でいられるのです。
東京大学の相田卓三さんは,この構造をヒントに約98%の水を主成分とした新物質「アクアマテリアル」を開発しました。約0.000000001m四方の平らな粘土片と,バインダーという高分子化合物を水に入れると,バインダーが粘土片どうしをくっつけてくれます。その過程で,水が粘土片と粘度片の間に閉じ込められるのです。
このようにしてでき上がったアクアマテリアルは,ゴムのような感触を持っており,同じくらいの水分量を含むこんにゃくに比べると,実に500 倍もの固さになります。
どうしてこれほどの違いがあるのでしょうか。
たとえば,水面に浮かんだ「板」と「ボール」を水の中に沈めようとするとき,表面積が大きい「板」の方が大きな力を必要としますよね。
アクアマテリアルの固さもこれと同じ。こんにゃくに含まれる糖分子とは異なり,粘土が板状になっていること,さらにそれがたくさん集まっていることが固さのカギになっているのです。わずか10 秒ほどでできるというこのアクアマテリアル。
大量生産が可能という特徴に加え,水道水でつくれるためコストもかからず,自然にやさしいというメリットも兼ね備えています。
開発されて間もないため,この新しい物質がどのように利用されるかは未知数ですが,人工関節や臓器の傷をふさぐ素材にするなどの応用が考えられているそうです。
この新素材がどんな場面で活躍するのか,今後ますます目が離せません。
(文・柴藤 亮介)
全国8万人の中学生・高校生にお届けしている科学雑誌『someone』からの転載
さて、前回は損・得は値段で決まらないというお話をしましたね。
では、カーネマンの行った実験とはどういうものだったのでしょう?
彼らは被験者に次のような質問をしました。
①50%の確率で150ドルが当たり、50%の確率で100ドルを失う宝くじがあります。あなたはこの宝くじを買いますか?
②100ドルを確実に支払うか、50%の確率で50ドル当たり、50%の確率で200ドル失う宝くじがあります。あなたはこの宝くじを買うか、100ドルを確実に支払うかを選ばなければなりません。
あなたはこの宝くじを買いますか?それとも100ドル支払いますか?
従来の期待効用理論では、①や②の問題を提示されたときに、確率と賞金を計算して、確実に利益が多い方を選択すると予測します。①の質問で、確率と賞金を考えると、この宝くじを買うとで平均25ドル(150ドル×50%-50ドル×50%)得することになります。最終的な手持ちの金額が増える確率が高いのでそのため、従来の理論では引き受ける価値が高い賭けです。
しかし、カーネマンらの実験では、被験者の多くはこの質問にNoと答えました。②の質問では100ドル支払う選択肢を選ぶことが確実にロスを最小限にしますが、実際「賭けをする」と選択した被験者が半数を超しました。
さらに賞金の額や、勝ち負けの確率を変えて質問をしました。ひとつひとつの質問に対して、宝くじを買うか・買わないか、どれだけ確信をもって(7段階で)その答えを出したかのデータを集めました。その結果、被験者は損を得以上に重要視する傾向が観察できました。例えば、勝ち負けの確率が半々の宝くじの場合、勝ちくじを引いたときの賞金が、少なくとも負けくじを引いたときの半分2倍以上の額でないと被験者は賭けに出ないことがわかりました。
また①と②の問題を提示して、手持ちのお金の情報を与えると被験者の選択が変わることも示されました。例えば、
①50%の確率で150ドルが当たり、残りの50%の確率で100ドル失う宝くじがあります。あなたはこの宝くじを買いますか? もし、あなたの手元にあると思っていたお金が想定より100ドル少なかった場合はどうしますか?
このケースでは、追加の情報を入れたことで「買う」と決断した人は減ったのです。
このように、手元のお金の増減は本来宝くじの利益率には影響ないのに、被験者の決断は影響されます。この原理は先ほど紹介した文字の認識のメカニズムに通じるところがあります。
みなさんは日常で「勘」を使ったり、「なんとなくそう思うから」で判断をしたりすることがあると思いますが、その判断材料に使われているのは、必ずしも情報そのものではありません。日頃から膨大な情報を処理している私達の脳は、楽ができるところは楽をするのです。
例えば複雑な問題に面したときに簡単な部分のみに注目したり、提示された情報を全て処理しないで表面の情報だけ処理したり、情報を整理するのにカテゴリーを使って処理します。いったいどうしてでしょうか?
私達の脳には様々な細胞が連結してネットワークを形成し、そのネットワークが情報を処理するメカニズムがあります。そしてそのネットワークには過去の経験によってつながりが早いところと遅いところがあると考えられています。例えば「雨」や「富士山」という言葉を提示されたときに、「かさ」や「日本」といった概念が頭に浮かび易いように情報処理のネットワークが強化されています。
逆に「雨」や「富士山」と言われて、「机」や「アメリカ」などの概念は頭になかなか浮かんで来ないように、ネットワークの形成は比較的弱くなっています。また特に今回のカーネマンらの実験結果を同じ観点から考えるとは、各個人の過去の経験からなるや金銭感覚が、宝くじを買うか買わないかの判断に影響を与えているのだと考えられています。
①と②を期待効用理論の観点から考え、人は「期待される利益を最大にする」選択肢を選ぶと考えると、①はYes、②はNoと応えるのが合理的です。このようにカーネマンとタバスキーは人間の意思決定のプロセスはベルヌーイの期待効用理論が提唱するように機械的で合理的ではないと示しました。こうして人が不明確な状況でリスクを伴う意思決定するとき、普遍的な損得を考える期待効用理論より、感情や状況の影響を考慮するモデルの方がより適切であると証明したのです。
実は、カーネマンらがこのような研究をしていたのは1960年代。ノーベル賞を獲得する40年も前のことでした。理論と実証のリンクが決して強くないと考えられている経済学の理論を心理学の実験で検証するという新たな試みが2002年のノーベル賞受賞に至ったのです。(前田里美)
参考文献
Kahneman, D. (2003). Maps of Bounded Rationality: Psychology for Behavioral Economics. The American Economic Review, 93(5), pp. 1449-1475.
Tversky, A. & Kahneman, D. (1974). Judgement under uncertainty: heuristics and biases. Science, 185, pp. 1124-1131.
ダニエル・カーネマン氏とバーノン・スミス氏の2002年ノーベル経済学賞受賞で思うこと 大阪大学社会経済研究所 西條辰義
Tversky, A. & Kahneman, D. (1992). Advances in prospect theory: cumulative representation of uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5, 297-323.
Simon, Herbert A.(1955). A Behavioral Model of Rational Choice.” Quarterly Journal of Economics,February 1955, 69(1), pp. 99–118.
科学技術の進歩は目覚ましく、数々の発明、発見の成果が私たちの生活の中に浸透しています。しかし、今私たちが恩恵を受けている科学技術の裏に多くの研究者の努力や、ひらめき、驚愕の事実感動のドラマがあったことを知る人は少ないでしょう。
特集「ノーベル賞受賞者の素顔」第二週目はちょっと変わって2002年ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンを取り上げます。経済学とサイエンス、何の関係があるの?と思われた方もいるでしょう。そこには人が意思決定をするときに働く心理学が隠れているのです。
■合理的に判断する?!
ちょっと未来の自分を思い浮かべてみましょう。今から20年後のあなたは、学校を卒業して社会人として働きつづけています。貯金も少しずつながら貯まってきたので、その資金を投資することを考えはじめます。例えば100万円の資金を元に、株を買うことを決めました。
さて新聞を広げるとズラッと並べられた株価の総覧が目に入ります。あなたはそのような状況におかれたとき、どういう風に意思決定をするでしょう?
まず、株価に影響するであろう情報を収集して、どの株が近い将来価値が上がるか推定するのが無難ですね。株の値段は常に変化するもので、会社の不祥事、新技術の発明、政権の交代、自然災害などとありとあらゆる事柄が株の値段に影響する可能性があります。一生懸命貯めてきた貯金で株を買うのだから、もちろんのこと損失をできるだけ避けたいし、利益をできるだけ最大にしたいですよね。ですから、さまざまな情報を収集して、合理的に判断をするのが一番望ましいでしょう。
でも、実際私たちが何かを決めるとき、合理的に判断を下しているのでしょうか?
■Bounded Rationalityという現実
ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman、1934-)は、経済学と心理学を統合した行動経済理論で有名なアメリカ合衆国の心理学者で、2002年、経済学の分野でノーベル賞を受賞しました。心理学者がノーベル賞を受賞したのはこれが初めてでした。カーネマンの受賞は心理学の視点が経済学を更に深く理解するために貢献したことを裏づけました。
1960年代から、カーネマンはタバスキー(1937-1996)と一緒に、人間がどのように意思決定をするのかについて研究を続けました。心理学の分野では、ひとが物事を認識する時、周囲の環境に大きく影響されることが示されています。
例えば図-1では、真ん中に同一の形をした記号があります。しかし、この記号は両側にある「AやC」 もしくは 「12や14」と一緒に認識することによって「B」もしくは「13」とまったく異なって認識されることが分かりますか?

図-1
カーネマンとタバスキーは、図-1にある文字の認識のような比較的単純なプロセスで起こる現象が、もっと複雑な状況下でも起こることを示しました。例えば株取引のような損・得が発生するリスクの高い意思決定するときに集める情報の中でも、周りの状況、感情などが判断に影響するということです。
この実験結果は経済学の世界で驚きをもって迎えられました。なぜなら、過去300年間、ダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli 1700-1782)が提唱した期待効用理論(a theory of expected utility)が最も的確な人の意思決定のモデルであると考えられてきたからです。
期待効用理論では、リスクが伴う重要な決断をするとき、人は最終的に1円でも見返りが大きくなる決断をすると言われています。例えばどの株を買えば利益が最大になるかと考えたときに,自分への見返りが1円でも多くなる選択肢を選ぶ、ということです。ところがカーネマンらは、この期待効用理論は人の意思決定のモデルとしては最適ではないことを、実験をもって証明したのです。
さて、カーネマンはいったいどのような実験をしたのでしょうか…続きは次週にお送りします!(前田里美)
こんにちは。
今週からのリバコミは特集「ノーベル賞受賞者の素顔」を取り上げていきます。
科学技術の進歩は目覚ましく、数々の発明、発見の成果が私たちの生活の中に浸透しています。しかし、今私たちが恩恵を受けている科学技術の裏に多くの研究者の努力や、ひらめき、驚愕の事実感動のドラマがあったことを知る人は少ないでしょう。
研究者たちは研究を続ける中でどんな視点で科学と向き合ってきたのか。
科学の歴史を塗り替えるような大発見をした研究者に贈られ、科学で一番の権威とも言われるノーベル賞受賞者にフォーカスを当てて研究者の知られざるエピソードをご紹介したいと思います。
第一回目は日本人で唯一、ノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進さんに焦点を当ててみました。
利根川進さんの大発見!!
利根川さんは、1987年に「多様な抗体遺伝子が体内で再構成される理論を実証した」という理由でノーベル賞生理学・医学賞を受賞しました。
無数に存在する病原菌に対して体を守ってくれている「抗体」というタンパク質が、どのように作られるのかを解明した方です。
抗体は血液やリンパ液の中にあり、私たちのからだに感染した病原体にくっついて、悪さをするのを防いでくれます。1種類の病原体につき1種類の抗体 が対応しているのですが、私たちが持つ遺伝子の数には限りがあります(最新の研究成果では22,000〜23,000程度)。
どうやって無限ともいえるほ ど数多く存在する病原体にどのように対応しているのか、研究者の間でふしぎに思われてきました。
利根川さんは、この神秘を解明する研究を行ったのです。
利根川さんは、抗体の遺伝子が「複数の遺伝子の部品を組み合わせて作られる」ことを明らかにし、その組み合わせを変えることで数多くの抗体タンパク 質が生まれることを証明しました。
たとえば2種類の部品がそれぞれ10通りずつあったとしたら、部品総数は10+10=20個でも、組み合わせは 10×10=100通りになりますよね。
実際には、Y字型をした抗体の中で、病原体にくっつく先端部分が遺伝子の組み合わせによって変わるようになっています。この部分は重いH鎖 (Heavy chain)、軽いL鎖(Light chain)という2本の鎖からできており、さらにL鎖は2種類に分かれます。それぞれH鎖にはV領域(約65個の部品)、D領域(約27個)、J領域 (6個)、L鎖にはV領域(30個または40個)、J領域(4個または5個)と呼ばれる部分があり、それぞれの部品の種類数をかけあわせていくと数百万種 類の抗体を作れることになります。
さらに、部品のつなぎめ部分で遺伝子が欠けたり、または部品に突然変異が入ることで、最終的に1億種類以上の抗体を作ることができるのです。
この抗体の多様性のしくみを解明した成果が認められて、利根川さんは1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
さらに選考委員のひとりに、「この業績は百年に一度の大発見」と言わしめたそうです。
通常、遺伝子は長い月日をかけ、親から子へと受け継がれる過程で変化していく。そうして生物は進化してきたという考えが、当時ありました。
しかし抗体を作る遺伝子だけは、生物の一生の中で大きく変化しています。
従来の常識を覆すこの発見に、おそらく選考委員は感動したのでしょう。
利根川進さんってどんな人?
世紀の大発見をした利根川さん。医学・生理学賞を受賞したので、もともと医学系や生物系を学んでいた人なのかと思いきや、実は京都大学理学部の化学科に在籍していました。彼はもともと化学にとても興味を持っていたのです。
では、なぜ生命現象の解明を行い、ノーベル賞を受賞したのでしょう。そこにはこんな話がありました。
彼が大学4年生の時、卒業研究で所属していた研究室の先輩から、アメリカで「分子生物学」という学問分野が盛り上がっているという話をたまたま聞きました。
分子生物学とは,
生命現象を「分子同士の化学反応」だと捉えて、そのしくみを調べる分野です。当時アメリカで遺伝子情報とタンパク質構造との関係が明らかにされ、まさに発展しつつある状況でした。
そして、遺伝子の働きがどのように制御されているかについても徐々に解明が進んでおり、彼も「自分がこの分野を発展させ、遺伝子の基本的な制御機構を解明したい」と思ったそうです。
しかし、当時の日本では分子生物学がまだなじみがなく、研究がおこなわれている機関、大学も少数しかない状態でした。
分子生物学を学びたいと考えていたとき、大学院の指導教官だった京都大学ウイルス研究所の渡辺格教授に、こう言われたそうです。
「分子生物学を学びたいなら、アメリカへ行きなさい」
今では学生が海外へ留学することはそこまで珍しいことではありませんが、1960年代には、日本人が外国へ行くことに対して規制がかけられていまし た。そのような社会情勢の中、これは大きなチャンスだと思った利根川さんは、渡辺教授が紹介してくれたカリフォルニア大学サンディエゴへ留学し、分子生物 学を学んで博士号を取得しました。
レッツチャレンジ!!
利根川さんはもともと化学の分野を勉強してきた人でした。しかし、それよりもおもしろい!と思える分子生物学に出会ってから、そちらへの探求心がわいてきました。そして、化学から生物学へと異なる分野の世界へ恐れずチャレンジし、そこで見事に成功を収めました。
そして現在は、人間らしさとは何か、ということに興味を持ち、アメリカで脳について研究しています。
自分のやりたいこと、興味を持っていることをとことんやる姿勢には憧れます。
皆さんも特定の分野にとらわれず、自分の興味が持てるものに向かってチャレンジしていきましょう!!
(北里大学 理学部 加藤知弘)
【参考文献】
『あなたも狙え!ノーベル賞』 著者 石田寅夫 化学同人
『ノーベル賞の100年』 著者 馬場錬成 中公新書
『生化学キーノート』 著者 B.D.Hames N.MHooper 訳:田之倉優、村松知成、阿久津秀雄
はじめまして。リバネスの木村です。2月も中盤に入り、皆さんはどう過ごしているでしょうか?僕は大学院の博士論文を提出したばかりで、疲れ果ててノックダウン状態です。いやー長かった!!でもとうとうプロの研究者としての第一歩を踏み出します。
僕はかれこれ6年間、シアノバクテリア(ラン藻)という細菌の研究をしてきました。シアノバクテリアと言えば、生物の教科書では原生生物の紹介で登場してくる生き物。彼らは大きさが数μmの細菌で、実はそこらの海や川にいるのです。

彼らは27億年以上も前に地球上に現れて、植物の先祖様の細胞に入りこみ、光合成をする葉緑体に進化してきたと言われています。そのシアノバクテリア、僕はある意味最強の生き物だと思っています。
その理由は、ごはんを食べなくても生きていける生き物だからです。
お腹が空いた。そうだご飯を作ろう!
「あー、お腹が空いたー!」といって朝・昼・晩に、私たちはご飯を食べますよね。それは、生き物が生きていくために必要なDNAやタンパク質の材料になっている炭素(C)と窒素(N)を食べ物から吸収するためです。
この炭素栄養(グルコース)を光合成(反応式1)によって自分でつくることができる生き物が植物です。彼らは食べ物から炭素栄養を吸収しなくても、空気中の二酸化炭素を材料に、自分で作ることができます。
反応式1:光合成
6CO2(二酸化炭素)+ 12H2O → C6H12O6(グルコース) + 6H2O + 6O2
でも植物は窒素栄養を自分でつくれないので、窒素栄養がない場所では生きていくことができません。
だから人が植物を育てるところでは肥料を与えて窒素を補充しているんですね。ところが、光合成に加えて窒素固定と呼ばれる能力を使って、窒素栄養を何かから吸収しないで、自分でつくるができてしまうシアノバクテリアの仲間がいます。
窒素固定のできる生き物は、なんと大気の窒素を自分たちの栄養に使えます。空気中の窒素ガスをアンモニアに変換できるのです(反応式2)。
反応式2:窒素固定
N2(窒素)+ 8H+ + 8e- + 16 ATP → 2NH3 (アンモニア)+ H2 + 16ADP + 16 Pi
アンモニア自体は生き物にとって毒ですが、すぐに水に溶けてアンモニウムイオンとなり、窒素栄養として使うことができます。つまり、この両方ができるシアノバクテリアは、他の生き物が生き残れないような炭素栄養と窒素栄養がない場所でも生きていける、とてもたくましい生き物なのです。
でも光合成と窒素固定をやっていくためには大きな問題がありました。それは、ニトロゲナーゼと呼ばれる窒素固定を行う酵素が、酸素分子(O2)が近くにあると能力を発揮出来ないという弱点です。光合成をすると酸素分子ができてしまいます。さあ、困りました!光合成と窒素固定を同時にやるにはどうしたらいいのでしょう?
細胞分化で分業しようゼ
窒素固定ができるネンジュモという名前のシアノバクテリアがいます。ネンジュモは一個一個の細胞がまっすぐに並んだ状態で生活しています(写真1)。細胞の周りに窒素栄養が十分にある時は、全部の細胞が光合成に注力します。
しかし、窒素栄養が少ない期間がある程度続くと、約10個の細胞に1つの割合で、ヘテロシスト(異質細胞)と呼ばれる細胞を分化させるようになるのです(写真2)。

細胞分化とは、ある細胞が本来とは異なる特別な形や機能を持つために、生き物が生み出した分業の方法です。ヒトを例にとってみると、元は一種類の受精卵だったものが何種類もの細胞に分化して違う役割を持ち、それらが協調して働くことで一人のヒトが形成されていきます。
写真2の中で、矢印で指した他とは少し形の違う細胞がヘテロシストです。一度分化してしまったヘテロシストは他の細胞とは違って、分裂して増えることも元の細胞に戻ることもできません。この細胞は全く光合成を行わず、窒素固定のスペシャリストとして働きます。そして、自分は獲得した窒素源を周りの光合成をしている細胞に配る一方で、その見返りとして、自分では作れない炭素栄養をもらうのです。
現代の私達の細胞が行っているギブ・アンド・テイクの関係を、生命進化のごく初期の段階で生まれたシアノバクテリアが築いていたということにとても驚かされます。
嫌だ!細胞分化なんて面倒じゃん!
さて、酸素を生み出す光合成と、酸素があるとできない窒素固定。この二つの活動が出来るシアノバクテリアはネンジュモだけではありません。シアノセイスとよばれるシアノバクテリアは、細胞分化をせずに、一つの細胞の中で両方の活動ができるのです。では、どうやって?答えはすごく単純です。光合成をするには光が必要です。ということは、光合成ができない夜は、細胞の中で酸素が作られませんよね。つまり、日中に光合成をして、夜は窒素固定をするというように、一日という時間の中でやる仕事を分けるという仕組みを作りあげているのです。
光合成と窒素固定を行うために、細胞分化をして活動の場を分ける、活動の種類を時間で分ける、といったように生き物の種類によって戦略が違っているのがとても面白いですね。
これはシアノバクテリアの先祖様が、炭素栄養と窒素栄養がない、極めて住みにくい場所で生きていくために試行錯誤した結果なのだと、僕は想像しています。(木村聡)
何十億年も前に生まれた生き物がいろいろ工夫して賢く生きているのですから、僕たち人間ももっともっと知恵をふりしぼって生きていかなくてはいけませんね!
参考文献
Rippka, R. (1979) Generic assignments, strain histories and properties of pure cultures of cyanobacteria. J Gen Microbiol 111, 1-61.
Zhang L.C. (2008) Existence of periplasmic barriers preventing green fluorescent protein diffusion from cell to cell in the cyanobacterium Anabaena sp. strain PCC 7120. Mol Microbiol 70, 814-823