ニュースソース:スラッシュドット
2009年のノーベル物理学賞は、チャールズ・カオ(グラスファイバーによる光の伝送に関する革新的な業績)と
ウィラード・ボイル、ジョージ・スミス(CCDの発明)と発表された。
どちらも、もはや知らないひとはいないほど浸透した技術だ。
光は、1秒間に30 万km 進み、かつ混じり合わない。
この光の性質を活かした情報伝送技術が光りファイバーだ。
ガラスを使って光を伝送する試みは、20世紀初頭には既に始まっていた。
しかし、1960年代当時の光ファイバーの性能は、20mの伝送で光が1%に減ってしまうレベルのものだった。
カオは、純粋なガラスであれば100km以上離れていても光の損失を低減できるという結果を1966年1月に発表した。
カオの研究とそれに刺激を受けた他の研究者により光ファイバーの研究開発は前進し、
4年後には実用に耐える長さ1kmの光ファイバーが作られ、
1988年にはアメリカとヨーロッパを結ぶ海底ケーブルが敷設されるまでになった。
いまでは、世界中の国々が光ファイバーで繋がっている。
ボイルとスミスは、ベル研究所に在籍中の1969年9月、
磁気バブルメモリに関するブレインストーミング中にCCDのアイデアを思いついた。
基本設計が固まった一週間後には最初のプロトタイプが作られ、
1970年にはCCDのデモンストレーションが行なわれた。
その後、1972年にフェアチャイルド社によって後に製品となる100×100ピクセルのCCDが作られ、
1975年にはボイルとスミスの手によって実用的な解像度を持つデジタルビデオカメラが作られた。
いまでは、世界中のデジタルカメラに用いられる技術となった。
両技術とも、現代社会では重要なものであり、多くの人が普段から普通に接しているものである。
これほどまでに社会に貢献した実績があって、はじめてもらえるのがノーベル賞なのだ。
しかも、その評価を受けるまで、生きていることが必須となっている。
ノーベル賞を過大評価する風評に意見もある。
受賞者が、最大3名までとなっているので、例えば光通信の研究で、上記の3名に
劣らない成果を出していた西澤潤一博士は受賞を逃してしまった。
西澤さんは20~30代のころ、光通信の3要素 (半導体レーザー、光ファイバー、受光素子)を考案し「光通信の父」と言われた。
国内外の著名な賞を多数受けた中でも、世界最大の学会である米電気電子 学会(IEEE)は、「20世紀の天才の一人」と絶賛し、
ニシザワ・ジュンイチ賞を創設したほどであった。
しかし、受賞者になった人が偉大であることに変わりはない。
これまでも、これからも科学技術の発展は予想を超えるものでありつづけるだろう。
だから、科学に関わるのはやめられない。